2016年8月9日火曜日

夏祭りの季節



 私がまだ幼いとき、私にとっての祭を思い出すと、神社や寺でおこなわれる縁日や歴史のある商店街でおこなわれるイベントだった。まだ幼かった私にとっては、祭は、出店が出て、人がおのおの祭に訪れて、楽しむものであるという認識だった。子ども時分の私は、友達と祭にいくと、出店の水飴を食べたり、金魚すくいをしたりして、祭の時をすごした。御神輿を担いだりもした。大学生の頃まで、神輿を担ぐ機会を持った。子供の時の神輿の思い出といえば、肩が痛くなることと、神輿を担いでいろんなところを練り歩くが、途中、途中で寄った軒先でジュースや食べ物が振る舞われ、それを食べたことだ。それが楽しかった。

 先日(8月6日)は、地域の祭によってきた。祭の中心の場は神社や寺の境内ではなく、自治会館の広場がその場所となっている。私の子供の時の祭と変わりなく、出店が出ている。出店では、子供から大人まで、お目当てのものを買い求めている。地域のおじさん、おばさん、お兄さんやお姉さんがビールを片手に会話を楽しんでいる。子供たちが走り回っている。お母さんが大変そうだ。舞台が用意され、いろいろな余興がおこなわれている。それを見て楽しんでいる人びともいる。私の子供の時と変わりない祭の姿がそこにある。

 柳田國男は『祭のさまざま』で祭について話している。柳田は全国の祭についてすべて同じだったといっている。柳田は田舎から都会に出てきた。柳田にとって、今、住む地域は、故郷とは違う都会だった。当時、故郷を離れた者にとって、今、住む地域の祭に出逢うことが少なかったようだ。今は、いろんなイベントがあるから、当時とは違うだろう。町おこしが地域にとって重要な課題となっている。興味があれば、そういったイベントに行けば、祭気分を楽しむことが出来る。しかし、柳田が生きた時代のように、むしろそれ以上に、自分が住む所に最も近い場所の祭に出会う機会が少ない人も少なくないのではないか。

 戦後日本が荒廃から立ち直り、高度経済成長を実現して、先進国となり、そして現在に続く中で、世帯の変化があった。そうした変化とも無関係ではあるまい。

 自分の住む地域に近隣に夏であれば、花火大会や大きな祭やイベントがあれば、もちろん、それらに出会う機会は関心や興味があればたくさんある。情報化が発展した時代に生きているのである。


 私の両親は、祭の時期には、近所の祭の様子を見にいく。去年は、母と祭の様子を見にいった。今年は、両親とはいけなかったが、夕暮れに様子を見にいった。去年と同じように、かき氷と焼きそばを買い求め、食べた。

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